慶應義塾

[第241回]肥後 利晃

公開日:2026.07.15 更新日:2026.07.15

登場者プロフィール

  • 肥後 利晃(ひご としあき)

    (熊本県立熊本高等学校 出身) / 2016年3月 慶應義塾大学 理工学部 物理情報工学科 卒業 / 2018年3月 慶應義塾大学大学院 基礎理工学専攻 修士課程 修了 / 2018年4月 東急株式会社 入社 / 2022年10月 松本市アルプスリゾートプロジェクトマネージャー 就任 / 2026年5月 ふもとの山小屋 ネイバーズ 運営

    肥後 利晃(ひご としあき)

    (熊本県立熊本高等学校 出身) / 2016年3月 慶應義塾大学 理工学部 物理情報工学科 卒業 / 2018年3月 慶應義塾大学大学院 基礎理工学専攻 修士課程 修了 / 2018年4月 東急株式会社 入社 / 2022年10月 松本市アルプスリゾートプロジェクトマネージャー 就任 / 2026年5月 ふもとの山小屋 ネイバーズ 運営

 「塾員来往」へ寄稿する機会をいただき、ありがとうございます。

 恩師の足立先生、井上先生、そして関係者の皆様に心より御礼申し上げます。

 慶應の理工を卒業した人たちは研究職や大企業に勤めている方が多いのではと想像しますが、自分はちょっと変わった経歴を歩んでいます。読んだ方に、こんな人生もありなんだなと、面白がってもらえると嬉しいです。学生時代を振り返りながら、松本に移住することになったきっかけや、人生の中で大切にしていることなどをお伝えします。

熊本で過ごした学生時代

 幼少期は熊本の自然の中で過ごしました。家は住宅地にありましたが、公園でサッカーをしたり、裏山で秘密基地作りをしたり、近所の湖や川で魚獲りをしたり泳いだり、とにかく自然の中で遊びまわっていました。ゲームも好きでしたが、ゲームをしたら近くの公園でサッカーや野球をしたりとバランスよく遊んでいたのを覚えています。振り返ると、幼少期に自然の中で遊んだ経験が今の自分に繋がっているように感じます。

川に飛び込む筆者

日吉・矢上での日々

 高校まで熊本で過ごしたのち、慶應義塾大学入学を機に上京します。はじめは知り合いもおらず、入学式や新歓の時には期待と不安が入り混じっていたのを覚えています。高校まで続けていたサッカーを大学でも続けたいと思い、慶應キッカーズというサッカーサークルに入りました。遊びもサッカーもガチでというのをコンセプトにしており、自分が1年生の時にはサークルの全国大会で優勝したり、卒業旅行は同期でバリ島に行ったりと楽しい思い出が多いです。同期や先輩後輩とは今でも定期的に旅行に行ったり飲んだりしていて仲がいいです。

 普段の学生生活はというと、朝から授業を受けて、空きコマにはひよビリでビリヤードをして、昼ごはんに武蔵家や魚臣を食べて、夜はサークルに行ったり友人と飲んだり実験レポート等の課題をやったりという毎日を過ごしていました。

慶應キッカーズのメンバー(筆者は上段の右から5番目)
卒業旅行のバリ旅行(筆者は上段の左から2番目)
武蔵家のラーメン(筆者は大ライス4杯が限界)

足立研究室

 4年生になり、私は迷わず制御工学を専門とする足立研究室に入ります。足立先生の制御工学の授業が面白かったことと、様々な企業と共同研究をしていて、研究の応用先が幅広かったことが理由です。

 研究室では、プリンターや鉄鋼の板厚制御システムなどの応用研究や、むだ時間をもつシステムに関する理論的な研究を行いました。研究室で足立先生と井上先生のもとで培った「論理的に文章を書く力・構成する力」は、社会人になり研究から離れた今でも役に立っています。週に1回の中間発表の場(自分が発表するのは月に1回)では、論文形式での資料作成が求められ、文章力が鍛えられましたし、学会や学内での研究発表の場では、専門ではない人にも理解してもらうようなプレゼン資料作りを常に意識していました。

 運動好きが多い研究室だったこともあり、研究の合間にグラウンドでソフトボールやサッカーをして息抜きをしていたのも良い思い出です。大学全体の研究室対抗ソフトボール大会では3位になりました。研究だけ、スポーツだけ、遊びだけ、ではなく、何事も本気で取り組むのが重要ですね。

ソフトボールの塾長杯で3位に(筆者は中段の右から2番目)
学会で優秀発表賞を受賞(左が筆者、右は足立先生)

社会人になって

 東急株式会社に入社します。自分たちの代は全員、10ヶ月の現場研修を経験しました。自分は最初の5ヶ月が二子玉川ライズというショッピングモールのタウンマネジメント(地域づくり)、そこから2ヶ月は駅員、そして最後の3ヶ月は車掌を経験します。長くなるので詳細は割愛しますが、現場ならではの非常に貴重な経験をさせていただきました。10ヶ月の現場研修も終わり、希望していたITの部署に配属され、社内やグループ会社向けのITインフラの構築業務を行なっていました。グループ会社の社員約1万台のPC更新・入替や、本社社員約2000名のスマホ導入などを担いました。

 3年目の途中では、社内起業家育成制度を活用して、若手6人のチームで新規事業を担うことになります。ご近所同士でおつかいをしあうという発想のアプリサービスです。Uber Eats等のデリバリーサービスとは異なり、ご近所さんが配達してくれるため、配送料金を安く抑えられるという特徴があります。コロナ禍と重なり新規設備投資に抑制がかかり、新規事業自体が頓挫しかけましたが、似たようなサービスを展開していたベンチャー企業と手を組み、コストをかなり抑えてアプリのローンチまで漕ぎつけました。サービスの企画・設計・運用から、Web広告などのプロモーションまで、新規事業に関するあらゆることを自分たちで実行できたのは非常にいい経験でした。

社宅の一室を拠点に新規事業の実証実験を検討する様子(筆者は手前の右端)

登山にハマる

 2020年のお盆、コロナの影響で地元熊本に帰れず暇を持て余していたところ、同じ境遇の高校時代の友人がいて、急遽北アルプスを3泊4日で登山することになります。登山の途中で、キャベツが腐ったり、友人のテントのポールが強風で折れたりと、ハプニングもありましたが、目的の槍ヶ岳(標高3,180m)に登頂し無事に下山できました。友人と2人で入山しましたが、下山時には山の上で仲良くなった人たちと5人で下山しました。この山行で、山の上の絶景と文化に魅了されます。登山中は、通りすがりの人と「こんにちは」と挨拶を交わす文化がありますが、当時横浜で暮らす自分にとって普段挨拶を交わすことなどなく、山の上での挨拶がとても新鮮でした。挨拶がきっかけで仲良くなり一緒に下山した人たちとは、今でも山に登ったり飲みにいったりと交友関係が続いています。こうして山にハマっていった私は、気付くと年間で50日、ちょうど1週間に1回ペースで山を歩いていました。

3泊4日の北アルプス登山

松本への移住のきっかけ

 東急で新規事業を担っていた際、駅前でビラを配る機会がありました。改札から出てくる人の目を見ていると、あることに気付きました。それは、死んだ目をした人があまりにも多いということです。特に19時頃の帰宅ラッシュの時間帯の中年サラリーマンの目が死んでいました。仕事終わりで疲れていたのだろうと想像しますが、こんなに多くの人の目を死なせてしまう都会というシステムに少し恐怖を感じました。

 一方で、登山をしている時は、どれだけきつくてもみなさん輝いた目をしています。「自然」の中に身を置くことで、心にゆとりが生まれ、毎日の生活がラクになるのでは?と思うようになりました。この頃から自然豊かな地方への移住を意識するようになりました。

 そんな時にちょうど長野県松本市役所が「世界に冠たる山岳リゾートの実現」をミッションに掲げた、アルプスリゾートプロジェクトマネージャー(PM)というポジションを募集していました。観光業の経験はありませんでしたが、ハマっていた山を仕事にできて面白そう、そして移住するなら松本だと思っていたので、応募することにしました。

松本を世界に冠たる山岳リゾートに

 移住する前に私が抱いていた業務のイメージは、綺麗な施設を整備したり大々的に観光PRをしたりと、そんなキラキラしたものでした。実際は泥臭いことも多く、観光だけでなく地域づくりも行います。地域に入り込んで、地域と行政を繋ぐことが求められる場面もあります。PMとして取り組んだことは色々ありますが、その中の一つに「信飛トレイル」があります。これは、信州・松本と飛騨・高山を繋ぐ117kmの歩く旅の道で、環境省・松本市・高山市・民間団体が協働で準備を進め、2025年7月に開通しました。登山道のような道だけでなく、舗装路も通ります。熊野古道や中山道のように、昔から人々の往来があったような古道や街道も通ります。トレイルを歩くことで、その地域の歴史や文化に触れることができます。集落も通るので、地域住民との交流もあるかもしれません。まさに歩く旅の道です。信飛トレイルは、松本城、上高地、奥飛騨温泉、高山の古い街並みなど、多くの人が車で巡ることの多い観光地を、あえて歩いて繋ぐことで、観光地が点ではなく線で繋がります。結果的に観光地ではなかった場所にも人が訪れるようになり、訪問客の滞在時間が伸び、地域にお金が落ちて、地域活性化に繋がります。

2023年から企画・運営している「MATSUMOTO TRAIL DAY」(筆者は右端の司会)
松本と高山を繋ぐ117kmの歩く道「信飛トレイル」

そして現在

 2026年3月末でPMの任期満了に伴い松本市役所を退職し、現在は個人事業主として活動しています。今やっていることは主に3つです。

 1つ目は友人と共同で、松本市街地で「ふもとの山小屋 ネイバーズ」という名前の宿を運営しています。名前の通り、ふもとの山小屋として、登山する方に前泊や後泊で使ってもらえるような宿を目指しています。松本駅や松本城までそれぞれ徒歩10分という立地で、最近は海外からの宿泊客も多いです。

 2つ目は登山ガイドです。松本に移住してから登山ガイドの資格を取得しました。登山をこれからはじめたい人や子ども、そしてインバウンドを対象に「山をもっと身近に」をテーマにガイドをしています。  

 3つ目は、信飛トレイルの運営です。3月までは松本市役所の立場として関わってきましたが、今は一般社団法人信飛トレイルクラブのメンバーとして、信飛トレイルの運営に関わっています。通常の運営業務の他には、「MATSUMOTO TRAIL DAY」というイベントの企画・運営などを担っています。信飛トレイルを含む信州のトレイルを盛り上げることを目的に、2023年に立ちあげたイベントです。

 これら3つに共通している想いとしては、自然の中に身を置くことで心にゆとりを持ち、日々を少し軽やかに生きられる人を増やしたい、というものです。

「ふもとの山小屋 ネイバーズ」の前で
仕事仲間と訪れたアメリカのジョン・ミューア・トレイル(筆者は一番左) / テント・食料・寝袋など衣食住を担いで、13日間、約300kmを歩く

終わりに

 今の自分のキャリアは、研究室で学んだ専門的な知識が直接役立つものではないかもしれませんが、物事の捉え方や考え方は間違いなく生かされています。また、大学の時に出会った仲間との繋がりは代え難いものですし、遊びやスポーツなど、すべての経験が今の自分に繋がっています。松本への移住は大きな決断でしたが、松本で妻と出会い結婚しました。人生何が起きるかわかりませんね。

 みなさんが大学・学部・学科を選ぶうえで、そして人生を考えるうえで、何かのきっかけになれば幸いです。

塾員来往(卒業生コラム)

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