登場者プロフィール

鐵本 智大(てつもと ともひろ)
(千葉県立長生高等学校 出身) / 2013年3月 慶應義塾大学 理工学部 電子工学学科 卒業 / 2015年3月 慶應義塾大学 大学院理工学研究科 総合デザイン工学専攻 修士課程 修了 / 2018年3月 慶應義塾大学 大学院理工学研究科 総合デザイン工学専攻 博士課程 修了 / 2018年4月 – 2019年3月 IMRA America Inc. Boulder Research Laboratory, Postdoctoral Research Scientist / 2019年4月 – 2021年9月 IMRA America Inc. Boulder Research Laboratory, Research Scientist / 2021年10月 – 現在 国立研究開発法人情報通信研究機構 テラヘルツ連携研究室 主任研究員

鐵本 智大(てつもと ともひろ)
(千葉県立長生高等学校 出身) / 2013年3月 慶應義塾大学 理工学部 電子工学学科 卒業 / 2015年3月 慶應義塾大学 大学院理工学研究科 総合デザイン工学専攻 修士課程 修了 / 2018年3月 慶應義塾大学 大学院理工学研究科 総合デザイン工学専攻 博士課程 修了 / 2018年4月 – 2019年3月 IMRA America Inc. Boulder Research Laboratory, Postdoctoral Research Scientist / 2019年4月 – 2021年9月 IMRA America Inc. Boulder Research Laboratory, Research Scientist / 2021年10月 – 現在 国立研究開発法人情報通信研究機構 テラヘルツ連携研究室 主任研究員
このたびは、「塾員来往」への寄稿の機会をいただき、感謝申し上げます。私は博士課程修了後、3年半ほど米国企業で研究員として勤務したのち、現在は情報通信分野の国立研究所で研究員として働いております。本稿では、私の大学入学から現在までのキャリアパスを紹介します。少しでも皆さまの進路選択の参考になれば幸いです。
私は、小中高校と、学業への意欲はあまりなく、部活動が好きな子だったので、高校・大学ともに陸上競技がのびのびできそうかという観点を中心に志望校を選びました。陸上の競技力は高くなかったため、大学は入部制限のある強豪校ではなく、高校のOBから活動の様子を聞いていた慶應義塾大学を目指すことにしました。慶大への入学は、勉強の積み重ねがほとんどなかった当時の成績からすると高い目標でした。そのため、高校2年2月から1年ほどは、学校の教材を中心に勉強に打ち込みました。試験問題から逆算して勉強内容を決める発想はなく、点を取るには効率の悪い勉強法でしたが、わからないことをあれこれ考えながら理解していく過程そのものが好きだと気づけた貴重な体験でした。この頃には、ぼんやりと研究職は向いていそうだと考えていた気がします。
幸いにして理工学部に合格できたので、ウェブサイト経由で体育会競走部に連絡を取り、入学式前に合宿所に入りました。それからは勉学は二の次で、週6日、1日2回の長距離走の練習に打ち込みました。もともと講義形式で物事を理解するのがあまり得意ではなく、加えて練習による疲れや眠気もあったため、授業をサボることもしばしばでした。部活では、箱根駅伝に学連選抜の選手として出場することを大きな目標としていましたが、最後の予選会直前のけがもあり、不本意な結果に終わりました。様々な後悔や反省があり、いまだに悔しく思っています。
理工学部では、当初は物理学科に進むことを考えておりましたが、物理現象を利用してものづくりをするのが面白そうだと感じ、電子工学科を志望しました。学科の同級生には体育会所属の学生も数名おり、その中には後に中日ドラゴンズに入団する福谷君もいました。しかし、当時の私は学部や学科で積極的に友人を作ろうとしていなかったため、彼とはまったく話したことがありません。彼は文武をしっかりと両立し、学業成績も優秀だったと聞いています。
4年次の研究室配属では、光回路という目新しいアイディアに魅力を感じ、田邉研究室を志望しました。私は研究室の2期生でしたが、意欲的な学生が多く、活発な議論ができる恵まれた環境だったと思います。博士課程への進学を決めたのも、ここで楽しく研究に取り組むことができたためです。研究では、まず半導体プロセスを用いたデバイス作製技術の立ち上げを担当しましたが、当初は知識もノウハウもありませんでした。そのため、類似のプロセスに取り組んでいる学生や先生方に話を伺いながら、何とかデバイス作製を進めました。修士課程の途中からは、情報通信研究機構との共同研究を通じて施設を利用する機会を得るとともに、プロセスに関するご指導もいただき、大変助かりました。こうしたご縁もあり、現在は同研究所に所属しております。
研究活動を通じて、国際会議発表等で海外に行く機会にも恵まれました。特に、大学の留学支援制度で5か月ほど滞在したドイツでは、貴重な研究経験に加え、週末には周辺国も訪れることができ、充実した時間を過ごしました。このときに知り合った友人の一部とは、現在まで交流が続いています。私は大学院入学後に初めて海外に渡航しましたが、その後5年間で約10か国を訪れることができました。
就職は、新しい体験への好奇心から海外企業の研究職に就きたいと漠然と考えていましたが、現実的には、まず海外の大学でのポスドク職を探そうとしていました。しかし、研究が忙しく、就職活動を後回しにしていたこともあって、卒業後の予定は最終年度の終盤まで未定でした。運よく、IMRA America Inc.という米国所在の会社から研究室に求人の連絡があり、応募したところ、現地でのインタビューの機会を得て、採用していただきました。
米国では、新規の基礎的な研究に取り組む小規模な研究所に所属していたこともあり、自由度高く研究に取り組むことができました。また、ここでの経験を通じて、採用過程等を含めた国際的な研究の作法を理解することができたと思います。生活面では、一度ドイツで暮らした経験もあったため、英語が通じる米国での生活はだいぶ気楽に感じました。何か価値観が変わったというようなことはありませんでしたが、海外での生活や人に対する不要な先入観がなくなったのはよかったと考えています。
現在所属している研究室には、米国での仕事が一段落し、日本への帰国を考えていたころに求人の案内をいただき、応募のうえ、有期研究員として採用されました。その後、半年後に行われた公募に応募し、面接審査等を経て、改めてパーマネント職員として採用されました。現在は、次世代無線通信での利用が検討されている高い周波数の電波を低雑音で発生させる技術や、その通信応用などを研究しています。研究の方向性は研究所全体の計画に沿う必要がありますが、具体的な手法には自由度があり、施設や予算も充実しているため、若手研究者としては非常に恵まれた環境で研究に取り組めていると感じています。
ここまで、私自身の進路を振り返ってきましたが、改めてキャリアは自分の意思だけでなく、多くの偶然やご縁の上に成り立つものだと感じます。思い通りにならない要素があるからこそ、目の前のことにしっかり取り組み、いざというときに対応できる力をつけておくことが大切だと考えています。また、私自身の反省点として、学部や学科のつながりをあまり大切にしていなかったことがあります。どのようなキャリアを選んでも、自分が歩める人生は一つしかありません。その中で、友人から聞く自分とは異なるキャリアの体験談は、自分の世界を広げてくれるように感じます。皆さまには、ぜひ様々な人と関わりながら、自分なりの進路を見つけていただければと思います。