慶應義塾

[第240回]大谷 鷹士

公開日:2026.06.15 更新日:2026.06.15

登場者プロフィール

  • 大谷 鷹士(おおたに たかし)

    (神奈川県立 柏陽高校出身) / 2007年3月 慶應義塾大学理工学部応用化学科 卒業 / 2012年3月 慶應義塾大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻 博士課程修了 / 2012年4月 三菱化学株式会社 入社(横浜基礎研究所配属) / 2013年4月 三菱化学株式会社 黒崎開発研究所、吉富工場(福岡)へ長期出張 / 2015年4月 三菱化学株式会社 横浜研究所 有機材料研究室 / 2019年7月 株式会社 三菱ケミカルホールディングス 先端技術事業開発室 ベンチャーGr / 2020年8月 東京大学グローバル・コモンズ・センター 出向 / 2023年4月 三菱ケミカル株式会社 フロンティア&オ―プンイノベーション本部 ベンチャー部 / 2026年4月 三菱ケミカル株式会社 イノベーション企画本部 ベンチャー部

    大谷 鷹士(おおたに たかし)

    (神奈川県立 柏陽高校出身) / 2007年3月 慶應義塾大学理工学部応用化学科 卒業 / 2012年3月 慶應義塾大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻 博士課程修了 / 2012年4月 三菱化学株式会社 入社(横浜基礎研究所配属) / 2013年4月 三菱化学株式会社 黒崎開発研究所、吉富工場(福岡)へ長期出張 / 2015年4月 三菱化学株式会社 横浜研究所 有機材料研究室 / 2019年7月 株式会社 三菱ケミカルホールディングス 先端技術事業開発室 ベンチャーGr / 2020年8月 東京大学グローバル・コモンズ・センター 出向 / 2023年4月 三菱ケミカル株式会社 フロンティア&オ―プンイノベーション本部 ベンチャー部 / 2026年4月 三菱ケミカル株式会社 イノベーション企画本部 ベンチャー部

境界を越えて、点と点をつなぐ

はじめに

このたびは塾員来往への寄稿の機会をいただき、ありがとうございます。私は理工学部応用化学科を卒業し、博士課程を修了後、三菱化学株式会社(現三菱ケミカル株式会社)に入社しました。研究所勤務、東京大学グローバル・コモンズ・センターへの出向を経て、現在はコーポレートベンチャーキャピタル組織において、国内外のスタートアップとの協業創出に携わっています。化学系の卒業生としては一見バラバラに見える珍しいキャリアかもしれませんが、振り返ると「ものづくりに貢献したい」という一本の糸でつながっているようにも思えます。本稿では、そんな自身のキャリアをいくつかの転機とともに振り返ってみたいと思います。

ものづくりへのあこがれ

建築業を営んでいた父から「あの建物の建設に携わった」という話をよく聞いていたせいか、幼い頃から「将来は何か形になるものを作りたい」という漠然とした思いを抱いていました。建築にも興味があったのですが、高校に入ってからはミクロの世界を設計する化学にも惹かれるようになり、迷った末に化学系学科が集まる学門3への進学を選ぶことになりました。

研究者としての原点、研究室

慶應義塾大学に入学後、学部生時代はスポーツに熱中していたこともあり、あまり優秀な学生ではありませんでした。しかし学部4年生のとき、戸嶋一敦先生(分子生命化学)の研究室に配属されてから、化学や実験の面白さを知ることになります。

戸嶋研究室は「ダブルメジャー」をキーワードに、有機合成化学とバイオロジーの境界領域に取り組める環境が魅力の一つでした。ただ、自分自身のテーマは「まず分子設計の基盤である有機合成を修めたい」という考えから、あえて天然物合成を希望しました。よく山登りに例えられる天然物合成の研究はまさに「修行」で、最初の論文を出せたのは修士2年になってからのことでした。3年で修了できるか不安な中での博士課程進学でしたが、戸嶋先生・高橋先生や優秀な後輩たちの助けもあって、なんとか天然物の全合成を達成することができ、学位をいただくことができました。遅くまで実験した後にみんなでラーメン屋に流れ込み、良い結果が出たメンバーに皆でチャーシューを奢る——そんな習慣とともに仲間と過ごした時間は、大切な思い出です。

研究室生活

「会社の研究」と、ものづくりの「現場」

三菱化学に入社後、最初に配属されたのは医薬中間体の研究部門でした。「形になる素材」を作りたいと希望して入社したこともあって当初は複雑な気持ちもありましたが、「専門性を考えれば、そりゃあ人事もそうするか」と自分を納得させ、しばらく向き合ってみることにしました。

大学の研究室から会社の研究所に入って最初に感じた壁は、「コスト」というごく当たり前の概念でした。使える原料や反応の種類が限られる中で、合成法やプロセスを設計しなければならない。1年半の工場への長期出張を経て現場に触れてからは、現場の安全を守るためにどれだけ事前にリスクを特定できているかが極めて重要であることもわかり、逆にこれらの制約の中でいかに設計するかが面白くなってきました。

長期出張時に住んでいた中津にて

環境コミュニティーでの3年間

自分のキャリアの中でも特に大きな転機となったのが、持続可能性の研究を行う東京大学グローバル・コモンズ・センターへの出向です。COVID-19の影響でアメリカへの留学計画が頓挫したタイミングで、当時のCTOから声かけをいただいたことがきっかけでした。環境に関する研究や業務の経験は全くない中での異動でしたが、「脱炭素の流れは化学企業の在り方を変え得るものだ」という考えのもと、思い切って飛び込んでみようと考えたのです。

グローバル・コモンズ・センターでは、海外の研究機関とも連携しながら、地球の環境システムにおいて重要な役割を担う「グローバル・コモンズ」の保全に向けた提言の作成や具体的な施策の検討に関わりました。化学とは全く異なる領域で、経済学・行動科学・政策・ガバナンスなど、これまで接したことのない観点が求められ、一企業の研究員の立場では通常考えないような高い視座での議論に触れた貴重な経験でした。化学産業という「ものづくり」の持続可能性を考える上でも、現在の仕事でも大きな武器になっています。

帰任前のプレゼンの様子

社内と社外をつなぐ仕事

コーポレートベンチャーキャピタルの仕事を一言で表すならば、成長著しいベンチャー企業と連携することで、会社に新たなオプションを提供する仕事です。研究者時代と最も異なるのは、自前でものを作るだけでなく、社外の新技術との組み合わせでものづくりにより大きなインパクトをもたらしていくという、多角的な視点が求められる点です。研究室時代の「ダブルメジャー」の姿勢と、長期出張や出向を通じて培った「越境」の経験が、ここでも活きています。

化学産業という間口の広い領域で、多様なスタートアップの事業や技術を理解することは容易ではありませんが、新しい事業アイデアや技術の話を聞いて議論することは、純粋に楽しいです。また、挑戦者である起業家のスピード感や、良い意味でのエゴと自信、業界全体に漂う熱気——こういった場に身を置くことは、いつも良い刺激になっています。

最後に

振り返ってみると、「形になるものを作りたい」という幼い頃の思いは、技術への関わり方は変わっても今も仕事の根っこにある気がします。一方で、ものづくりへのアプローチの仕方は、研究開発から現場、サステナビリティ、ベンチャー協業へと、自分でも予想していなかった形で広がってきました。希望とは異なる配属も、偶然のオファーも、その都度境界を飛び越える気持ちで向き合ってみたら、結果的にそれぞれが重要なピースになっていた——自分のキャリアを一言で表すとすれば、そういうことなのかもしれません。

こうしてコラムを書きながら改めて慶應義塾の精神を振り返ってみると、その中に「越境」や「つなぐ」要素が随所にあることに気づきます。自身のキャリアもその影響を受けてきたのだと思いますし、それこそが単に専門分野を学ぶだけにとどまらない、慶應で学ぶことの懐の深さなのかもしれません。