インクという沼に嵌まっている。
昔から文房具が好きだった。街中で面白そうなモノ、格好いいモノを見つけたら終わり。ついつい家に連れて帰ってしまう。小さなクリップから定規、大小様々なノートやメモパッド、可愛い色の付箋にペーパホルダ、絶妙に所有欲をくすぐってくるペン。ターゲットは様々。それなりに稼げるようになってからは衝動的な大人買いも増えた。新しい蛍光ペン全色とか。限定品にも弱い。何というかもう、文房具メーカの思うツボだ。
そんな私が万年筆に手を出してしまった。勿体ぶらずに言ってしまえば、きっかけは研究科委員長になったこと。立場上、signer になる機会も増える。最初は「ボールペンでいいや」くらいに思っていたのだけれど、同僚がサラサラと書いた筆跡を眺めているうちに「むーん」とブツ欲が疼いてしまった。わたしの性格からして沼ることは容易に想像できたので、しばらくは我慢した。しばらくは。
誕生日はよくない。「1年頑張った自分自身へのご褒美」と称して..(略
とは言っても最初からいい感じの万年筆、ではなく、初手は PARKER の 5th。第五世代のペンを謳う、万年筆を模したちょっと高級なミリペン。マットブラックのボディにパープルの首軸という、格好よさに一目惚れ。日本橋丸善の筆記具売り場だったかな。キーボードから手を離して書きものをする、などという習慣はとうの昔に捨て去っていた身。経験したことのない新鮮な書き味に驚いた。インクの減りが早く、コスパがイマイチなのが難点だったけれど。
ここからは早かった。金属のペンニブへの想いが日に日に高まる。時間を見つけてはあちこちの web ページを覗く日々を経て、そのときが来る。何となく「いいなぁ」と思っていた、ノック式万年筆 CURIDAS の限定色を某量販店で見つけてしまったのが運の尽き。限定品ではあるけど、数千円で買えるごく普通の鉄ペン。それでもわたしにとっては最初の1本。サリサリと文字を通して紙と対話する感覚が楽しい。気づけば10本以上のペンが手元に並んでいた。
ひとつひとつは、諸先輩方がハァハァするような値の張るシロモノではない。学生が持っているものと変わらない、普段使いできる鉄ペンばかり。金ニブのペンは限定色に惚れて買った2本(いずれもプラチナ社の #3776 センチュリー)だけ。そもそもこの数年の金価格の高騰と円安で、記録的な価格高騰が続いている業界。店頭価格が明日からいきなり倍、なんてケースもざらだ。まぁまぁ無理。行きつけの文具売り場の店員も「逆に店頭に残っている限定品の方が安い」と言っていた。いつかは AURORA とは思っているけど、そのためには稟議書を揃えて家族会議に臨む覚悟と勇気が必要。
で、なぜここまで本数が増えたのか。
その理由は簡単。万年筆本体以上にインクに嵌まってしまったからだ。諸先輩方曰く「まぁ、そうなるよね」とのこと。綺麗なインクを手に入れたらすぐ使いたくなるのが心情というもの。で、自ずとペンも増える。わたしの場合、いまやインクが先。一緒に連れて帰るペンは、1,500円くらいのもの。面白いもので、同じ製品の同じ線幅のニブでも、入れるインクによってサリサリだったり、スルスルだったり、ヌラヌラだったり、書き味がその都度変わる。インクの粘度や本体のインクフローが影響するのだろう。パイロット社の kakuno はその辺をリアルに感じられて楽しい。鉄ペンの中では最強のコスパだろう。もちろん、紙の種類によっても感触も変化する。発色も同じではない。インク沼と紙沼はセットみたいなもの。敵もさるもので、どの文具売り場にも充実したインクコーナがある。毎日どこかでインクフェアが開催されている。実によくない。硝子ペンに手を出すのは、ギリギリ踏みとどまっている。
万年筆とインクの関係は、ハードウェアとソフトウェア、車とガソリン、楽器と楽譜みたいなものか。わたしは「道具としての美」だけでなく「道具の様式美」にハァハァするタイプなのだろう。
わたしには、道具のメンテナンスも大事な時間。諸々詰んでくればペン先を洗う。包丁を研ぐのも同じ。大げさに聞こえるかもしれないが、無心になれる。使い終わったインクカートリッジと100均で手に入るシリンジで、洗浄ツールも自作する。こういうのをちまちま作るのも含めて、道具を中心にいろいろと「する」ことが好きなのだ。「写真が好きというよりもカメラが好き」という話を学生とすることがある。これも本質は同じだろうか。
我ながら、つくづく「エンジニア気質だなぁ」と思う。
P.S.
「エンジニアの気質」については、『塾』のコラムに拙文を寄稿しています。よろしければ、お手すきの折にでもご一読ください。